ユスッフ・ウティエイネショラ・アデレケ(Yusuff Utieyineshola Adeleke)氏は、発展途上国の科学者を対象とした、インド政府による栄えあるリサーチトレーニング・フェローシップを獲得した5人のナイジェリア人研究者の1人です。このプログラムのもと、ジャワハルラール・ネルー大学(ニューデリー)で6ヶ月間(2017年1~6月)を過ごしたアデレケ氏は、母国ナイジェリアでは、国立技術経営センター(National Centre for Technology Management 、NACETEM)の科学政策およびイノベーション研究(Science Policy and Innovation Studies、SPIS)部門の主席研究員を務めています。学術研究のトレーニングや学術政策に関するさまざまな活動に携わっており、サイエントメトリクスの研究、政策立案、研究者のためのワークショップやセミナーのオーガナイズ、センターのための各種コースの設置、研究マネジメントと方法論の教育活動、センター代表者としての会議/イベントへの出席など、研究外の領域でも幅広く活動しています。また、スタッフォードシャー大学(英国)で技術経営分野の修士号を取得しています。
アデレケ氏は長年に渡り、研究者としてのスキルを磨きながら、若手から中堅の研究者にさまざまな機会を提供する活動に積極的に関わってきました。最善の研究/出版慣行をグローバルレベルで推進できるエディテージ・インサイトのアンバサダーに志願したのも、そのような活動の一環です。アデレケ氏の参加を歓迎するとともに、その熱意に感謝の意を表したいと思います。
今回のインタビューでは、インドとナイジェリアにおける研究環境の違い、研究者が政策決定に果たす役割、研究者や研究機関にとってのインフラの重要性などについて伺いました。また、若手/中堅の研究者がもっとも不安に感じている2つのこと(学会発表と助成金申請)に関して、ご自身の経験に基づく実用的なアドバイスを頂きました。
発展途上国の科学者のためのリサーチトレーニング・フェローシップについて詳しく教えてください。
発展途上国の科学者のためのリサーチトレーニング・フェローシップ(Research Training Fellowship for Developing Country Scientists、RTF-DCS)は、NAM S&Tセンター(Centre for Science and Technology of the Non-Aligned and Other Developing Countries)が実施する、発展途上国の若手研究者にチャンスを提供するためのプログラムです。このフェローシップに選ばれた研究者には、同センターと提携するインドの学術・研究機関で、短期間、研究活動に従事する機会が与えられます。インド政府と科学技術省が資金を提供するこのプログラムでは、リサーチフェローに、国内外への渡航費や生活費、研究費を含めた経済的支援が行われます。2012~13年度の開始以来、同プログラムで選ばれたリサーチフェローたちは各配属機関で滞りなく研究を完了させており、順調に成果を挙げています。このプログラムは発展途上国の研究者から高い人気を集め、インドの研究機関からも強い関心が寄せられているため、2014~15年度のフェローシップは、20名から50名に増やされました。この度、5期目のプログラムが終了を迎えたばかりです。
RTF-DCSプログラムの主な目的は以下の通りです:
- 発展途上国の科学者/研究者のインドへの流入を増やすとともに、彼らにインドのR&D/学術機関で働く機会を提供し、スキルや専門性を高めてもらう
- インドをはじめとする発展途上国の科学者間の情報交換や交流のハードルを下げ、協力体制を構築するためのネットワークを作る
また、RTF-DCSフェローは、帰国後は、博士・修士レベルの研究プロジェクトで、インドの研究者が共同で指導してくれる機会を得られます。
光栄なことに、私は今年度のナイジェリア代表として選ばれた5人の研究者の1人になることができました。今回は、約50ヶ国の発展途上国から応募があったようです。選ばれた後は、ジャワハルラール・ネルー大学科学政策研究センター(Centre for Studies in Science Policy、CSSP)のマドハヴ・ゴヴィンド(Madhav Govind)准教授のもとで、「Scientometrics as a Tool for Effective Evaluation of Science, Technology and Innovation (STI) Policy Performance in a Developing Country Context(発展途上国における効果的な科学技術イノベーション[STI]政策評価のためのサイエントメトリクス)」と題した研究の指導を受けました。
インドでの経験から、インドとナイジェリアにおける研究環境の類似点と相違点は何だと感じましたか?
インドに6ヶ月間滞在した経験から得た印象をもとにお話したいと思います。まずは類似点ですが、どちらの国でも、社会で必要とされる技術的発展、人々の社会経済的生活水準の向上、持続的発展の実現を目的とした研究が主流です。一方、相違点ですが、インドでは、これらの目的を達成するために、国家的なイノベーションシステムが設定されていて、より組織化されています。インド政府は、国中に戦略的に配置したイノベーション/リサーチセンターに対して、各地域の発展に寄与することを求めています。これらの研究機関は、その任務を果たせるように、政府や民間から十分な支援を受けており、適切な労働環境と最先端の設備が整えられています。学術界や公的機関(役所)、企業との交流を図るためのセミナーやワークショップも定期的に催されていて、インドの経済的な競争力を高めるための計画が共同で進められています。
一方、ナイジェリアの研究環境の現状はどうでしょうか。ありのままをお話しすると、6年間公務員を務めた中で感じたのは、ナイジェリアの研究は、明確な目的を持って戦略的に進められてはいないということです。これは、4年に一度政権が変わってしまうことや、各政権がその都度新たな目的や方針を定めていることが要因として挙げられます。こういったアプローチは、変化を続ける社会的ニーズに対応するために継続的に更新していく必要のある長期的研究には向いていません。また、研究に当てられる予算も不十分で、場合によっては、プロジェクトのための予算として計上された資金が、もっとも必要とされるときに支払われず、予算年度が終わる直前に支払われるというようなこともあります。この問題は研究者たちの不満を生み、頻繁に抗議の声が挙がるようになっています。何より深刻なのは、この問題が研究者のモラルに影響を及ぼすことで、ひいてはその成果物の質に影響しかねません。インドと違い、ナイジェリアの省庁(Ministries, Departments and Agencies、MDAs)は、ニーズではなく、政略的動機に基づいて動きます。このようなシステムが、ナイジェリアの省庁の働きが低水準である要因になっています。ナイジェリアには適切な機会やキャリアを求めている優秀な研究者がたくさんいるので、これは大変残念なことです。
助成金申請に関するトレーニングを受けたご経験をお持ちですが、これについて詳しく教えて頂けますか?若手研究者たちに、申請書類を書くときのアドバイスをお願いします。
助成金申請については、いくつかトレーニングセッションを受けました。セッションでは、欧州での助成金申請、助成金の種類、申請書の審査プロセス、却下される申請書の特徴などについて学ぶことができました。
以下は、申請書類の執筆に関する若手研究者へのアドバイスです:
- すべての申請書に当てはまる万能なテンプレートはありません。資金提供元にはそれぞれのテンプレートがあり、申請者はそれに従う必要があります。
- 適切な資金提供元を選ぶためには、それぞれの機関が扱っている分野を理解し、助成の制限や締め切りなどを把握しましょう。研究提案募集(Request for Proposals、RFPs)では通常、資金提供対象とする分野が規定されています。この規定に該当していない申請書が承認されることはありません。
- 締め切りは厳守しましょう。資金提供元が時差のある地域にある場合は、早め行動する必要がありまます。時差による不受理を避けるためには、最低でも締め切りの1日前に申請書を提出した方が良いでしょう。締め切り最終日に提出することは絶対に避けてください。なぜなら、コンピューターやインターネット接続などの技術的な問題が発生しないとも限らないからです。また、提出前の見直しと修正に時間がとれず、審査員の心証を悪くするようなミスだらけの申請書を提出せざるを得ない状況になるかもしれません。
- 申請書を書く前に、関心のある研究テーマについて詳しく調べておきましょう。そのテーマの現在の関心事や、資金提供元の求めに自分の研究がどう応えられるか、などについて考えておきましょう。
多くの研究者にとって、学会発表はもう1つの不安の種です。こちらについても、ご経験に基づいたアドバイスをお願いします。
学会発表は、ほとんどの研究者が不安に感じているものです。初めて参加する研究者にとってはなおのことでしょう。私は、本番の数週間前に、別の地域学会や国際学会に出席して練習の機会を作るようにしています。自分が関心を持っている研究について、研究者たちの前で発表するというのは、素晴らしい機会です。若手研究者が余計な不安から解放されるためには、練習あるのみです。経験豊富な研究者から質問されることも想定しておかなければなりません。落ち着いて、自信を持って、自分を信じるしかありません。私は、質問されたら、「分かりません」とは答えないようにしています。そう答えると、知識や自信のなさを表明していることになってしまうからです。難しい質問にも、できる限り答えるようにしましょう。「この件については、後ほど議論して、意見や知識の交換ができればと思います」などと付け加えるのも一案です。
科学技術発展のための、科学技術イノベーション(Science, Technology and Innovation、STI)指標に着目した論文を執筆されています。このとても興味深いテーマについて詳しく教えて頂けますか?
論文は、ケニアのAfrican Technology Policy Studies (ATPS) Networkのニュースレターとして、TechnoPolicy Africa誌に、「Scientometrics and STI indicators as an option for improving S&T Development in Africa(アフリカの科学技術の発展のためのサイエントメトリクスおよびSTI指標)」(December 2016 Issue No. 0007 pp.5-6)というタイトルで掲載されました。
この論文では、アフリカの科学技術発展のためのさまざまな取り組み(世界サミット2005や国連ミレニアム・プロジェクト2005など)に注目しました。それらの取り組みはすべて、「アフリカで持続可能な発展を実現するには、STIシステムの構築が必要である」と強調しています。私はそれに対し、「社会の発展にSTIが寄与した度合いを測定できない限り、それを定義し評価することはできない」と述べました。そして、特定の指標を測定するツールとして、サイエントメトリクスを提唱しました。「サイエントメトリクス」という言葉は、使用する研究者によってさまざまな定義があります。サイエントメトリクス分析とは、簡単に言えば、主にビブリオメトリクスと特許指標に基づいて、イノベーションシステムを定量的に評価することです。この評価では、分野ごとの論文出版数が研究活動の指標になります。同様に、特許分析においては、研究機関/国の特許数(申請数および取得数)が科学技術活動の指標になります。つまりこの論文では、エビデンスベースの政策立案によって、アフリカの研究環境を整備していくことの重要性を主張したのです。
サイエントメトリクスのどの部分に関心をお待ちなのでしょうか。
出版に関連した指標に関心があります。とくに、生産性や引用の影響度、科学的コラボレーションの指標の評価に関するものです。また、研究のアウトプットとインパクトに関する、国や研究機関単位での比較も行なってみたいと思っています。
発展途上国をはじめとして、全世界の持続的成長や発展に繋がる政策研究への関与が目標だと述べておられますが、これについて詳しく教えて頂けますか?
ナイジェリアが抱えている問題は、政策を作れないことではなく、それを実行する術を知らないことです。この状況については、「Breaking the jinx: A Neo-Synthesis Approach to Successful Implementation of Nigeria’s National ICT Strategic Framework 2015-2020(ジンクスを破ろう: 2015~2020年のナイジェリアのICT戦略的構想を実現するための新たな総合的アプローチ)」と題した学会論文の中で詳しく論じ、ニューデリーで開催された国際学会(Innovative Research in Mechanical, Electrical, Civil, Computing and Information Technology、MECIT-2017)で発表しました。ナイジェリアの研究活動は、社会的な問題や課題を解決するためではなく、研究者が所属機関で昇進することが目的になっています。目的が達成されれば、研究成果を、人類や周辺環境に価値を与える手段に転換しようとする努力をしなくなってしまいます。2012年8月にInternational Journal of Innovation Management and Technology(IJIMT)誌に掲載された私の初めての論文「Strategic Approach to Research and Development (R&D) Commercialization in Nigeria(ナイジェリアにおけるR&Dの商業化のための戦略的アプローチ)」(vol 3 No 4 pp 382-386)では、連邦科学技術省(FMST)の各研究機関が任務として作り出した200以上のR&Dアウトプットを利用して、失業中の若者の雇用創出を含む、ナイジェリアの社会経済的発展を目指すセーフティネットとしての状況解決モデルを提唱しています。このように、私はいつも社会の重大課題を特定し、それを解決するための適切なモデルの提唱を目指して研究に取り組んできました。
研究と政策にはどのような関係/繋がりがありますか?研究者と政策決定者はどの部分で協力できるのでしょうか。また、どのように協力すべきだとお考えですか?
政策が上手くいくかどうかは、それが研究によってどの程度裏付けられたものであるかによって決まります。研究が完了すると、結果をもとに立案した政策を、政策決定者に提案します。ほとんどの政策は、それがいかに環境やシステムを改善するかという観点で政策決定者を説得することに焦点が当てられます。したがって、研究と政策は共生関係にあると言えるでしょう。また、政策は研究の方向性や重要性を決定するものでもあります。すべての政策文書には、いわゆる「実行計画/構想」が含まれており、「実行計画書」という書類が別途用意されている場合もあります。いずれにせよ、すべての政策は、変化を必要とする理由が示された研究によって裏付けられている必要があります。政策立案プロセスでは、課題設定の段階から監視・評価の段階まで、研究が鍵になります。研究によって示されたエビデンスが確かであるほど、政策提案の説得力も強化されます。したがって、研究者と政策決定者は、政策の立案と施行において、効率的かつ持続的なコミュニケーション体制の中で協同する必要があります。
研究者が、「政策に影響を与える立場にある」ことへの意識を高めるには、どのようなことが必要ですか?
研究者は、政策の立案と施行のあらゆる段階に関わっていなければなりません。研究者が政策に影響を与え続けるには、政府や関連助成機関が、研究・学術機関と政策決定者間のコミュニケーションを強固なものにする必要があります。政府や政策決定者が政策を動かす「運転手」であるなら、研究者はその効果的な施行に責任を負う「整備士」と言えるでしょう。
アデレケ氏、興味深いお話をありがとうございました!