研究プロジェクトを遂行するための予算確保は、研究者が直面する大きな課題です。研究費の要求に対する助成金支給件数は十分でなく、とくに若手研究者がこの競争を勝ち抜くことは至難の業です。そんな中、研究費の獲得に苦労している研究者たちは、クラウドファンディングなどの新たな手段に目を向け始めています。
科学研究がもたらす利益は、必ずしも定量化できるものではありませんが、あらゆる人に利益をもたらすものであることは確かです。科学的知見を得るための実験やデータ分析の実施には研究費が必要ですが、その予算の獲得は、決して容易ではありません。
研究プロジェクトを遂行するための予算の確保は、研究者が直面する大きな課題の1つです。研究費を求める研究者の数に対する助成金支給件数は十分でなく、とくに若手研究者がこの競争を勝ち抜くことは至難の業です。より重要度が高いと思われる研究プロジェクトに、限りある予算を適切に割り当てていくと、結果的にその他のプロジェクトは無視されがちです。多くの機関が、この問題に対処しようと努めています。たとえば米国立衛生研究所(NIH)は、若手研究者が予算を獲得しやすいように、ポイント制を利用して助成金に制限を設けるシステムを導入しています。しかし、このような取り組みの決断や導入も、そう簡単なことではありません。そんな中、研究費の獲得に苦労している世界中の研究者たちは、クラウドファンディングなどの新たな手段に目を向け始めています。
研究者の中には、一般市民から資金援助を受けるというアイデアなど、考えつきもしなかったという人もいるようです。しかし、今や研究者は、インターネットやソーシャルメディアを通じて不特定多数の人々とつながり、研究の宣伝や予算の獲得ができるようになっているのです。クラウドファンディングは、とくに小~中規模のプロジェクトで、協力して予算を獲得するための新たな手段として、ここ数年間で認知度が高まっています。すでに多くの成功例があり、大きな可能性を秘めたシステムとして注目を集めています。科学研究向けクラウドファンディングの人気プラットフォームExperiment.comを対象に行われた調査によると、クラウドファンディングの成功事例件数は、2013年1月から2015年7月の間に着実に増加していることが分かっています。
正しく利用すれば、クラウドファンディングは、プロジェクトの周知と予算獲得の助けもなります。科学プロジェクトを支援しようという気運が一部の市民の間で高まっており、最近では以下の研究にそれぞれ4000ドルと4400ドルの支援金が集まりました:
・Engineering Bacteria of the Lung Microbiome to Degrade Carcinogens and Toxins(発がん性物質や毒素を分解する肺ミクロビオーム細菌のエンジニアリング)
・Identifying Snow Leopards, Tigers and other Endangered Species by developing a low-cost DNA field test kit - Part 2(低価格DNA検査キットの開発によるユキヒョウやトラなどの絶滅危惧種の特定-第2報)
目標予算額が1万ドルに設定されたUnraveling the mystery of TDP-43, a versatile protein involved in several Neurodegenerative disorders(種々の神経変性疾患に関わるTDP-43タンパク質の謎の解明)という研究プロジェクトは、期限まで12日を残した段階ですでに目標額の85%の資金を集めました。これらの例のように、研究者は、研究費の獲得にクラウドファンディングを積極的に利用すべきなのでしょうか?クラウドファンディングの主な特徴を確認しながら考えていきましょう。
クラウドファンディングが研究費の獲得手段として魅力的である理由の1つは、その柔軟性と簡単なプロセスにあります。助成団体は、助成金を支給するにあたって厳格なプロセスを設定しており、研究者はグラント・プロポーザル(助成金申請書)を作成しなければなりません。これは、エビデンスに乏しい研究や、援助に値しない研究への資金提供を回避するために設定されているものです。また、予算が不適切に使用されることを防ぐため、資金の使途を明記するなどの透明性が求められます。一方、クラウドファンディングに申請書は必要なく、資金提供者に使途を示すことが推奨されてはいるものの、義務付けられてはいません。科学プロジェクト向けのクラウドファンディング・プラットフォームExperimentは、まさにクラウドファンディングの柔軟性を体現しています。このサイトのプロジェクトはすべて、運営スタッフによる厳格な審査、フィードバック、科学的承認を受ける必要がありますが、プロジェクトの提案は誰でも行うことができます。
従来の助成団体から実験的なプロジェクトの予算を獲得するのは、難しいことです。助成団体は、なるべくリスクの少ない研究を求める傾向にあるからです。また、多くの助成団体は研究コンセプトの実証を求めるため、実験的なプロジェクトが受理される可能性はきわめて低いのが現実です。一方、クラウドファンディングはむしろ、きわめて実験的なプロジェクトを求めています。たとえば、To Selfie or Not to Selfie - How Can Scientists Foster Public Trust on Instagram?(自撮りはあり?なし?―科学者がインスタグラムで一般市民の支持を集める方法)という研究は、本記事執筆の時点ですでに目標予算額の58%を集めています。従来の助成金を得られる可能性がほとんどなさそうな、Assessing stress in migrants and minorities after the 2016 U.S. Presidential Election using hair cortisol(毛髪コルチゾールを用いた2016年の大統領選挙後の移民およびマイノリティーたちのストレス評価)のような研究でも、目標予算額の約11%が集まっています。
クラウドファンディングを利用して実行されたプロジェクトは、増加してはいるものの、まだまだ黎明期にあると言えます。予算を獲得できるかどうかは、プロジェクトの分野と目標予算額が重要な要素となります。多くの可能性を秘めたクラウドファンディングですが、大規模なプロジェクトや、多額の予算を必要とするプロジェクトに対応するシステムは十分に構築されていないのが現状です。たくさんの人から少しずつお金を出してもらうというコンセプトなので、研究者は、過度な野心を持ち出して高額な予算を設定することは避けた方がよいでしょう。最小限の設備と人員で遂行できる小規模プロジェクトほど、予算を獲得しやすいと思われます。たとえば、How do temperature and competition affect true fruit flies and their natural enemies?(気温や競争がミバエとその天敵に及ぼす影響)というプロジェクトは、500ドルという目標額を早々にクリアしました。大規模プロジェクトでは、やはり助成団体からの予算獲得を目指すのが最良の道でしょう。
クラウドファンディングは、先を予測しにくいシステムです。ほとんどのプラットフォームは、オール・オア・ナッシング型か、フレキシブル型のいずれかを採用しています。オール・オア・ナッシング型のExperimentなどでは、最初に設定した目標金額に達した場合のみ資金を受け取ることができます。目標額に届かなかった場合は、それまでに寄付されたお金は一切受け取ることができません。一方、フレキシブル型では、目標額は設定せず、寄付されたお金をすべて受け取ることができます。しかし、予測がしにくいのはまさにこの部分で、研究者は、終わってみるまで資金がいくら集まるのか知ることができません。したがって、従来の助成金は、クラウドファンディングとは対照的な、安定した手堅い選択肢と言えます。
これまで、クラウドファンディングを利用した複数のプロジェクトが成功を収めています。そうした実績を考えれば、従来の資金獲得方法に取って代わる可能性に期待を抱いてしまいますが、クラウドファンディングはあくまで、予算獲得のための代替的かつ補助的な手段であることを認識する必要があります。クラウドファンディングが、従来の助成金システムに取って代わることはないでしょう。一般市民からの注目を集めるためには、ソーシャルメディアで膨大な量のキャンペーンや宣伝を行う必要があり、助成金申請と同じくらいの労力が必要になることもあり得ます。まだ歴史が浅いクラウドファンディングは、成功率の予測や、従来の助成金申請と比べたときの時間やコストの計算が困難です。とは言え、小規模プロジェクトのチームや若手研究者が、クラウドファンディングによるメリットを享受しやすいのは確かでしょう。
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