科学がお茶の間の話題に上ることはあまりありません。一般市民は、「科学は難しいので利害関係者(=研究者)に任せておけばいい」と思っている節があります。研究者と一般の人々との間にコミュニケーション・ギャップが存在することで、科学に関する情報が十分に伝達されず、科学的な問題への意見が分かれ、十分な情報に基づいた政策決定が行われないという状況が生じています。
科学がお茶の間の話題に上ることはあまりありません。一般市民は、「科学は難しいので利害関係者(=研究者)に任せておけばいい」と思っている節があります。また、研究者について「象牙の塔の中で人目を避けているエリート」というイメージも持っているかもしれません。研究者と一般の人々との間にコミュニケーション・ギャップが存在することで、科学に関する情報が十分に伝達されず、科学的な問題への意見が分かれ、十分な情報に基づいた政策決定が行われないという状況が生じています。一昨年、ローマ法王フランシスコと、カリフォルニア大学サンディエゴ校の著名な天候科学者であるヴェーラブハドラン・ラマナサン(Veerabhadran Ramanathan)氏が会見しました。その後、ローマ法王が地球温暖化について話をすると、この問題に関する一般市民の意識が高まりました。これをきっかけとして、「啓蒙活動に熱心な研究者たちは、どうすれば科学問題に対する一般市民の認識を変えられるか」という議論が科学コミュニティの内外で再燃しました。
長年にわたり、科学はセンセーショナルに報道され、正確な情報が十分に伝達されないという状態に陥ってきました。あるとき、作家・漫画家であるスコット・アダムス(Scott Adams)氏が科学の信頼性に疑問を呈した文章は、多くの人々に引用されました。一般に科学はきわめて重要なものだと思われているものの、専門家が科学的言説(ディスコース)に関わることが少ないために、誤った考えや不信感が生まれてしまうことがあります。科学者ではない一般市民で構成されたコミュニティが科学関連の議論に参加すれば、遺伝子組み換え農作物や気候変動などに関する問題について、十分な情報に基づいた意思決定ができるようになるでしょう。それだけでなく、自分たちの納めた税金がどのように使われているかを知ることで、医療政策に関する政府の決定や、研究助成等に関しても意見を述べられるようになるでしょう。
研究者の多くは、対話などを通して一般市民と関わることは重要だと思いながらも、率先して行動を起こすことには二の足を踏んでいます。それはなぜでしょうか? ご存知の通り、研究者は多忙です。実験、助成金申請、管理業務、論文の準備、昇進への努力など、やるべきことが盛りだくさんで、一般市民と関わるきっかけを作る時間が残っている現役研究者はほとんどいません。しかし、研究者が一般市民との交流から遠ざかってしまう理由は他にもあるようです。
ミシガン大学公衆衛生大学院の博士課程に在籍中の大学院生、ケビン・ボーンク(Kevin Boehnke)氏は、数人かの研究者と話をし、研究者が一般市民と関わることに消極的である理由を考えました。その調査によると、単に自信がないという研究者もいれば、ある立場を擁護する意見を述べた場合に、先入観ではないかと思われてしまう可能性があることを危惧する研究者もいました。また、驚くべきことに、「サガン効果」の犠牲になることを気にする研究者もいました。「サガン効果」とは、簡潔に言うと、「科学者に対する一般市民からの人気は、その科学者の科学的研究の量と質に反比例する」という意味です。また、一般市民との交流に時間を費やすことは研究者として賢い時間の使い方ではないという意見も見られました。
一般市民と交流することで良い結果が生まれると思われている一方で、実際は反発を招くこともあります。例えば、ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)の助成による「顔の毛と健康の歴史プロジェクト」が一般公開された際は、厳しい批判が起きました。全体的に見て、研究者が一般市民と関わる努力をする余地はあまりなさそうです。さらに、大学や学術機関、資金助成機関は、科学コミュニケーションを重視していません。研究者を一般市民との交流から遠ざけてしまう根本的な原因は、ここにあります。しかし、スタンフォード大学地球環境科学部(Environmental Earth System Science)の准教授で、ウッズ環境研究所(Woods Institute for the Environment)の上級研究員でもあるノア・ディーフェンバー(Noah Diffenbaugh)氏は、科学コミュニケーションは研究者の義務であると考えており、「自分はまず第一に科学者ですが、一般の人々から質問を受けたら、それに回答する義務があると思っています」と述べています。
大学や研究機関は、現状の方向性を変えていく上で重要な役割を担う立場にあります。したがって、研究者が科学コミュニケーションを自らの役割と捉えることを奨励すべきであり、そのためのトレーニングや時間が研究者に与えられるべきです。そのような交流の機会が生まれれば、研究の存在を公にすることになるため、研究者にとっても利益となります。オックスフォード大学で「科学啓蒙のためのチャールズ・シモニー教授職」にあり、数学の教授でもあるマーカス・ドゥ・サウトイ(Marcus du Sautoy)氏は、次のように述べています。「私にとって科学とは、発見とコミュニケーションという2つのことを意味します。科学がより多くの人々に伝われば、科学者が新しいアイデアを伝える意義はそれだけ大きくなります」。テクノロジーによって地理的ギャップが埋まりつつある今、研究者はより多くの人々とコミュニケーションをとりやすくなっていると言えるでしょう。
科学を追求する道は困難に満ちています。しかし、研究者が一般市民に対して自ら積極的に科学を説明し、科学は難しいものではないということを発信していけば、科学や科学者に対して理解ある環境を整えていくことができるでしょう。その結果、科学コミュニティと一般コミュニティの溝は徐々に埋まり、科学への誤解が減り、一般コミュニティの意識が高まっていくでしょう。そして、科学は排他的なものから協調的なものへと変化していくに違いありません。
以下のビデオ記事では、研究者が一般市民と交わることの必要性がよく示されています。ぜひご覧ください。