正誤表(errata)・懸念表明(expression of concern)・撤回(retraction)の深刻さは、それぞれどの程度でしょうか。 研究結果に訂正が必要とされ、論文の整合性に疑問を呈する声が上がれば、研究にプラスの影響が出ることはないでしょう。したがって、これらはできる限り避けるべきものと言えます。
[本記事はウォルターズ・クルワー(Walters-Kluwer)社の著者向けニュースレター、Author Resource Reviewに掲載されたものを、許可を得てここに再掲載したものです。
本記事はフィル・ダリー(Phil Daly)氏とジニー・ピットマン(Ginny Pittman)氏の共同執筆によるものです。
フィル・ダリー氏は、ウォルターズ・クルワー・ヘルス(Wolters Kluwer Health)社のシニア・パブリッシャーで、STM編集者、編集長、その他出版関係の業務に25年以上携わってきました。生物物理学で学士号を、薬剤微生物学(Pharmaceutical Microbiology)で博士号を取得しています。
ジニー・ピットマン氏は、ウォルターズ・クルワー・ヘルス社バルチモア支部の出版責任者で、整形外科・耳鼻咽喉学分野の出版、製品開発戦略、著者向けツールおよびサービスの開発などを率いる立場にあります。教育・学術出版界で25年以上の経験を持っています。]
正誤表(errata)・懸念表明(expression of concern)・撤回(retraction)の深刻さは、それぞれどの程度でしょうか。 研究結果に訂正が必要とされ、論文の整合性に疑問を呈する声が上がれば、研究にプラスの影響が出ることはないでしょう。したがって、これらはできる限り避けるべきものと言えます。
出版社は、必要に応じて出版物を訂正する義務を負っています。しかし、誤りや不正行為の跡が含まれる論文を出版してしまい、正誤表や懸念表明、撤回を発表するという事態は、出版社や編集者もなるべく避けたいと思っています。これは、とくに驚くには値しないでしょう。本記事では、これらの各種通知について解説し、より詳しく知りたい人のために、出版倫理委員会(Committee on Publication Ethics, COPE)の見解も紹介します。1,2
これらの通知が発行される事態そのものは、軽んじられるべきではありません。出版社からは、検証・確認が求められることになります。確認・検証作業は、責任著者(corresponding author)を通して行われます。(責任著者と連絡がつかない場合は除く。)確認・検証は、論文に間違いがあったことを著者が認めるだけの簡単なものから、著者の所属機関や雇用者による徹底調査により、研究に不正行為があったかどうかを検証することまで含まれます。論文に対する懸念表明は、可能な限りの機密性を保って取り扱われます。検証は、懸念の解消を支援することができ、なおかつ懸念表明の妥当性を判断できる関係者のみが行います。
正誤表・懸念表明・撤回は、それぞれどのような経緯で発行されるのでしょうか。たいていは、著者からの依頼、査読者・編集委員・他誌・出版社・雇用者・資金提供者・読者・「密告者」などの観察、または剽窃探知ソフトを利用した内容比較の結果によるものです。
通知の発行は、論文が出版済みで、一般公開されている場合に検討されます。出版済み論文とは、最終版として掲載されたオンライン版だけでなく、最終版よりも前の版で公開されたものも含まれます。最終版になっていない論文なら、重要な訂正は最終版で行えばよいわけですから、正誤表は不要のはずです。懸念表明や撤回は、オンライン版が最終版かどうかに関係なく発行される可能性があります。形がどうあれ、論文が出版(公開)済みであれば、出版社は出版物を訂正しなければならないからです。
各通知は、ジャーナルの印刷版(もしあれば)とオンライン版で、同じ形式で発行されます。元の論文は引用文献として含められるので、電子版ではクリック1つで元の論文をたどることができます。PubMed(www.nlm.nih.gov/pubs/factsheets/errata.html)などのデータベースにも、論文への便利な電子リンクがあります。オンラインで論文を読んでいる人は、印刷版を読んでいる人よりも明らかな利点があります。印刷版を読んでいる人は、発行された通知のことを知らないまま最初の論文を読んでいる可能性があるからです。
原則として、最初の出版済み論文は、正誤表を反映して変更を加えられたり、懸念表明や撤回の後に削除されたりすることはありません。これは国際STM出版社協会の規定3に準じるものであり、出版社が読者に対して出版物の訂正に注意喚起を行うものです。印刷版でもオンライン版でも、出版履歴を変更することはないのです。この原則の例外としては、プライバシーの侵害、一般市民の健康に甚大な危険を及ぼす可能性のある誤り、中傷的なコメントなどがあります。そのような場合には説明が加えられます。3 一般的に、元の論文に変更が加えられるのは、撤回が行われたときだけで、その場合も電子版にのみ変更が加えられます。論文の最初の版がPDF版で残され、撤回された論文であることを示すために、透かし文字が入れられます。
では、これらの通知について順番に見ていきましょう。
正誤表
正誤表は “erratum” あるいは “corrigendum” として掲載されるものです。こういった単語が使われるということは、著者側に誤りがあったということを意味します。正誤表は、論文の結果に影響を及ぼさない、些細ではあるものの重要なミスや見落としを、単純に訂正する場合に用いられます。正誤表は、誤りを正直に申告するものですが、すべての誤りが対象となるわけではありません。重要性が高いとはみなされないものもあるからです。例えば、重要度の低い単語の綴りのミスや、参考文献リストの誤りなどには、正誤表は適用されません。
重要な訂正が必要な場合は、論文の出版後ただちに正誤表を掲載できるよう、なるべく早くジャーナルに連絡しましょう。著者のミスや誤植でよく見られるものには、表の数字、図の説明文のラベル、試薬・薬剤の濃度、治験結果や被験者をグループ分けした際の基準値、著者名の欠落などです。著者名は訂正されることもありますが、PubMedなどのデータベースですでに著者名が引用されているものとの統一を図ることはできません。著者名の欠落は、各著者が責任をもち、投稿された論文のタイトルの入ったページに自分の名前がどのように掲載されるかを確認するようにすれば、避けられるミスです。ジャーナル作成に関わる人が著者の氏名を確認しやすいように、論文を投稿する前に、ジャーナルが著者名をどのように掲載するのか確認しておくとよいでしょう。ウェブサイト版やPubMedなどのデータベースで、自分の苗字と名前が逆になっているとして、出版社に訂正を求める著者もいます。この場合は、電子的な処理で情報が識別された結果なので、正誤表は不要でしょう。正しく識別し直したメタデータを索引作成者(インデクサー)に提供すれば済むので、著者から連絡するだけで、ただちに処理されます。
より重要かつ広範にわたる変更の場合は、「編集者への手紙」を送り、論文に関するメッセージへの影響を詳細に説明する必要があるかもしれません。あるいは、そのような説明を正誤表に含める場合もあります。
懸念表明
これは、その論文の信頼性が疑われることを読者に対して注意喚起するために用いられます。全面的な撤回の前ぶれということもありますが、必ずしもそうではありません。懸念表明が出されるのは、問題が調査中で未解決の場合、あるいは証拠が不十分である場合に限られます。編集者は、論文の信頼性に対する疑いをむやみに喚起したくはないので、懸念の影響(例えば、臨床に影響があるかどうか)、機密性、読者が知る必要性などを考慮します。この通知には、懸念される箇所に関する簡単な説明も含まれます。
撤回
不正行為あるいは悪意のない誤りの結果として、研究の信頼性が疑われることになった場合、論文は撤回され、論文の結果は無効とされます。過去や同時期の出版物について許諾を得ていない論文、あるいはそれらを認識していなかったために重複出版となった論文、その結果として非倫理的な研究とみなされた場合も、撤回で処理されることになります。
撤回通知では、論文の撤回理由も述べられます。撤回には必ず理由があるはずであり、これは、著者の働きかけによって実施されるものではありません。(もちろん、著者が申し出ることもできますが。)
著者が特段の理由なく論文の撤回を申請すると、ジャーナルは疑念を抱きます。例えば、2誌から論文を出版する運びとなって窮地に立たされたという理由で論文を撤回することはできません。論文を2誌に同時に投稿することは、悪質な非倫理的行為です。このような二重投稿は、二重撤回という結果を招く可能性もあります。
懸念表明や撤回を行う場合は、著者の雇用者、あるいは編集者に代わって調査を行う権限を持つ人にアドバイスを求め、助言を仰ぐことが必要になることもあるでしょう。研究機関、組織、企業の中には、倫理委員会を設置してこれらの訴えに対処するところも増えてきました。編集者は、不正の疑いをかけられた論文について、COPEのフローチャートに従って対処することが多くなっています。倫理委員会が関わることなく撤回となった場合には、著者の雇用者や資金提供者に、編集者から直接その旨を伝えることもできます。
結論
科学的不正行為が疑われる場合や、出版済み論文の内容や結果が誤りだと信じるに足る証拠があれば、編集者が著者と相談の上で対処するのが一般的です。正式な撤回や訂正が必要になることもあります。懸念表明は、編集者が不正行為の嫌疑を調査している途中や、誤ったデータが公開中の間に発表されることもあります。
自分の論文の訂正について相談したい、論文の撤回が必要かもしれない、と思っている方は、ジャーナル編集部にすぐに連絡を取りましょう。
出版社・編集者・著者は、正誤表、懸念表明、撤回でジャーナルや自分の論文に泥を塗ることを避けるべきです。この3種類の通知のうち、正誤表はそれほど深刻ではないものですが、電子リンクがあるとはいえ、元の論文と離れた場所に訂正内容が示されているのは、読者にとって不便なことです。正誤表、あるいはよりダメージの大きな通知を避けることは、著者自身のためです。著者や共著者にとって、同僚・雇用者・資金提供者からの信頼を失うことにつながるからです。
参考文献
1. Committee on Publication Ethics. Guidelines. http://publicationethics.org/resources/guidelines. Accessed 15 December 2015
2. Committee on Publication Ethics. Retraction guidelines. http://publicationethics.org/files/retraction%20guidelines_0.pdf
3. International Association of Scientific, Technical & Medical Publishers. Preserving the record of science. http://www.stm-assoc.org/documents/#type=Guidelines
4. Committee on Publication Ethics. COPE Flowcharts. http://publicationethics.org/resources/flowcharts