臨床試験において患者が重要な位置を占めることは、疑いようのない事実です。しかしたいていの場合、臨床試験が終われば、患者が関わることはなくなり、研究者は、試験結果を学術論文にまとめる段階に進みます。これが当然のこととされてきましたが、学術誌や出版社の中には、誰よりも患者からの意見や感想を聞き出す必要があると感じ、臨床試験での患者の関与を増やすべきだと考えるところも出てきました。
臨床試験において患者が重要な位置を占めることは、疑いようのない事実です。しかしたいていの場合、臨床試験が終われば、患者が関わることはなくなり、研究者は、試験結果を学術論文にまとめる段階に進みます。これが当然のこととされてきましたが、学術誌や出版社の中には、研究やその報告方法について、誰よりも患者からの意見や感想を聞き出す必要があると感じ、臨床試験での患者の関与を増やすべきだと考えるところも出てきました。より包括的な出版プロセスを目指し、英国の大手出版社2社が、出版プロセスの一部として、患者による査読(患者査読)を取り入れ始めました。
2014年11月、BioMed Central (BMC)は、2015年に新学術誌Research Involvement and Engagementを創刊すると発表しました。同誌は、臨床試験に参加した患者が査読を行なった論文を出版します。また、オープン査読モデルを採用しており、出版された論文の査読を自由に閲覧できる方式となっています。学術誌の編集長はたいてい一人ですが、Research Involvement and Engagementでは、Sophie Staniszewska博士(ウォーリック大学/University of Warwick、Royal College of Nursing Research Institute、Patient and Public Involvement and Experiences of Care Programme)と、リチャード・ステファンズ(Richard Stephens)氏(研究における患者の権利を主張する、元がん患者)の2名体制となっています。この組み合わせは、同誌の掲げる目標を象徴しています。すなわち、臨床試験に関わる研究者と、臨床試験に登録している患者の、強固な協力関係です。
患者査読はどのように行われるのか
ここで、次のような疑問が頭に浮かぶと思います。果たして患者に科学論文の原稿の査読ができるのか、そしてそのようなシステムは、どのように実行されるのか。Research Involvement and Engagement、では、共同査読プロセスを採用し、論文査読者の少なくとも一人が患者、一人は研究者であるようにします。研究者の査読者は、方法や科学的信頼性などを吟味します。そして、自身の医療経験に基づいて選ばれる患者査読者は、自分の学術的・専門的背景、あるいは患者としての経験に基づき、研究テーマとなっている問題が自分の分野に関連性があるかどうか、そしてその結果をグローバルな文脈に当てはめることができるかについてコメントします。関連する技術的知識を持つ患者は、研究の技術的側面についてもコメントします。患者査読者が適切な査読を行えるように、同誌は詳細な査読規定を提供し、患者査読者が原稿の構成、研究方法、そして倫理的側面について検討できるよう支援しています。
世界最古の医学出版社の一つであるThe British Medical Journal (The BMJ)も、患者査読を採用しています。ウェブサイトに掲載された査読指針では、患者査読のプロセスについて、次のように書かれています。「研究者が研究や臨床活動の構成や報告方法を形づくる上で、また、患者にとって何が最も重要で最大の利益となるのかについて、研究者や臨床医の理解を深める上で、患者の生の声を聞くことができる機会である」。同誌の患者査読者のための指針では、査読者に対し、次のような観点で論文を検討することを呼びかけています:1)論じられている介入や治療は、患者に利益をもたらす可能性があるものか、2)患者はどのような課題に直面する可能性があるか、3)結果は患者にとって意義のあるものか。
査読者の役割について、患者はどう思っているのか
The BMJの患者査読者で、心臓発作の経験があるキャロリン・トーマス(Carolyn Thomas)氏は、初めての原稿査読の経験を、ブログに次のように綴っています:
"果たして何か少しでも意味のある貢献ができるのか、心配でした――ホスマー・レメショウ検定(Hosmer-Lemeshow test)も分からない、科学者ではないこの私が。でも、この経験は、当初思ったよりもずっと負担の少ないものでした。患者査読指針のお蔭です。患者にとって重要なことに参加する機会を与えてくれた、The BMJの勇気ある寛大な試みに感謝します"
トーマス氏の記事全文はこちらです。
患者査読の利点
BMCの学術誌やThe BMJが規定している枠組みを見ると、患者査読のプロセスには、確かに将来性があるように思われます。利点として、以下の項目が挙げられます。
- 臨床研究は患者のためのものである:臨床・医療研究のプロセスの一部として必要不可欠である利害関係者(=患者)に、研究への関与を促すことができる。患者は、個人的な経験に基づき、研究がどの程度成功したのか、また自分にどのような影響があったのかを述べることができる。
- 新しい出版モデル:臨床試験における患者と研究者の共同作業を促進する。また、学術誌が全利害関係者(著者・学術誌編集者・患者・政策立案者)による共同作業で作り出されていく出版形態を提案している。
- 才能ある人材を確保する新たな方法:ステファンズ氏によると、患者は臨床試験に深く関わっているため、すでに研究を批判的に評価するためのスキルを身につけている。患者のスキル、経験、理解度によって、研究評価を全く新しい水準に引き上げることができる。
- 出版にかかる時間:より多くの査読候補者を確保できるため、出版工程の短縮できる可能性がある。
残された課題
患者査読の概念はかなり新しいもので、グローバルな出版トレンドとしてはまだ発展途上にあります。直ちに思い浮かぶのは、以下のような疑問点です。
- 誰が患者査読者を選ぶのか?
- 副作用によって臨床試験を途中でやめた患者も査読者に含めるのか?
- 患者査読者は、査読のための訓練をどの程度受けるのか?
- 患者査読は、選別されたり編集されたりするのか?もしそうなら、出版費用や時間の増加に、学術誌はどう対応するのか?
- BMCもThe BMJもオープン査読システムを採用し、論文出版後に誰でも査読を読めるようになっているが、掲載拒否された論文の査読はどうなるのか?掲載拒否された論文の査読に、患者査読者からの有意義な情報があった場合はどうなるのか?
- 患者査読者は、自分の書いた査読報告書(出版されたか否かに関わらず)を、個人的に使用しても良いのか?(履歴書への記載など)
以上の疑問や懸念に即答することは難しいでしょう。しかし患者査読は、医療・臨床研究の実施方法や報告方法に、革命的な変化をもたらす大きな可能性を秘めています。今後、英国でこのプロセスがどのように整えられて行くのか、そして世界の他の出版社でも広く採用されるようになるのか、今後の動きが注目されます。