科学・技術・工学・数学(STEM)分野の専門家への需要が高まる中、これらの分野では、世界の人口の半分を占める女性が不足している状態です。女性のSTEM離れの原因には、さまざまな要素が影響していると考えられます。
科学技術によるイノベーションは、社会の持続的な発展や進歩のための、あるいは気候変動や疫病や所得格差といった世界的な問題に対処するためのカギと言えます。必然的に、科学・技術・工学・数学(STEM)分野の専門家への需要は高まっています。しかしこれらの分野では、世界の人口の半分を占める女性が不足している状態です。UNESCO統計研究所は、世界の科学研究における女性の参加率は30%以下であると発表しています。
この偏りには、いろいろな要素が影響していると考えられます。ダスグプタ(Dasgupta)氏およびストラウト(Strout)氏によるレビュー論文は、さまざまな発達段階における女性特有の社会心理学的要素が、「leaky pipeline(水漏れパイプ)」と呼ばれる、女性のSTEM離れの原因になっていると指摘しています。論文では、(a)幼年期および思春期、(b)成人形成期、(c)労働期の3つの発達段階に着目して、各段階で教育環境や人間関係や家族特性がどのような形で障害となっているかを示した上で、STEM分野での参加率や貢献度における性差を明らかにしました。それぞれの発達段階について、詳しく見ていきましょう。
幼年期および思春期
子どもは多くの場合、「女子は協調性に優れ、家族やその他の人間関係に焦点を当てた活動を志向する」、「男子は物理的世界の探索を好み、問題解決やお金を稼ぐなどの活動を志向する」といった男女をめぐる固定観念によって、それぞれの性別に伴う役割や期待を意識し始めます。たとえば米国では、「数学は男がするもの」という文化的風潮が、女子が文学よりも数学を敬遠する傾向を生み出しており、STEM系科目の成績に男女差が生まれる要因になっています。また、子どもがどの学問分野に興味を持つかは保護者による影響が大きく、女子が科学や数学に取り組むモチベーションは、保護者のサポートの有無によって左右されます。仲間からの承認欲求や同性の友人たちの関心領域も、思春期の女子がSTEM分野に進むかどうかに影響を及ぼします。さらに、職業的価値に関連する個人的目標も、STEM教育に影響します。女性は男性よりも共同体への関心が高く、STEM分野(ソーシャルワーク、看護、教育などを除く分野)では共同体への参加を果たせないというよくある誤解が、女性をSTEM分野から遠ざけています。
成人形成期
大学でSTEM分野(とくに物理科学、コンピューター科学、工学、数学)に進んだ女性は、帰属意識を持つことに困難を感じています。このことは、これらの分野が「男のするもの」であるという根強い偏見に起因しており、結果として、女性のSTEMへの参加率の伸び悩みや、それに伴う人員不足を招いています。また、一般的にSTEM系学部における男女比は、少なくとも3:1の割合で男性が多いため、同性の同級生が少ない女学生は帰属意識を持ちにくく、分野への関心の低下にもつながっています。STEM分野における女性教授の存在が、女子学生に自信を与えて成長を促すことが明らかになっていますが、ロールモデルとなる女性の教員やリーダーは、まだまだ少ないのが現状です。
労働期
STEM分野でキャリアを歩むことを決めた女性は、就職活動の時点で最初の壁にぶつかります。イェール大学の研究者らによる調査では、米国の科学分野の教員の多く(男女ともに)が、同等の経歴を持つ男女の候補者がいた場合、男性候補者に対してより高い評価とより高い報酬を与える判断をする傾向があると報告されています。この調査結果を踏まえると、研究者としての評価や昇進についても同様の傾向が見られると考えられます。また、職場においてもSTEM分野の女性は男性よりも帰属意識を持ちにくく、若手の女性研究者が十分な専門的指導を受ける機会も少ないと言えます。そして、STEM分野において出産や育児がキャリアに及ぼす影響は、男性よりも女性の方が大きいでしょう。夫婦ともにSTEM分野の研究者である場合、求職活動において、女性側がキャリアを優先できないという不利益を被るケースが一般的です。これは「two-body problem(二体問題)」と言われています。
解決のための提案
ダスグプタ氏とストラウト氏の論文では、女性のSTEM分野への参加を促すには、エビデンスベースの解決策や政策を講じる必要があると述べられています。STEM分野への関心を高めるには、教員や研究者が学生と交流するラボセッションなどの機会を積極的に提供していくべきでしょう。プログラミングクラブやサイエンス・サマーキャンプなど、実社会と結び付いた格式張らないSTEM活動は、女学生のSTEMへの関心を高めることが示されています。チームワークの重視や、女性限定または女性多数といった要素を加えることで、女学生が参加しやすくなるでしょう。STEM分野において、女子学生は実際の女性ロールモデルの存在に勇気付けられることが明らかにされているため、これらの活動には女性の科学者やエンジニアが多数参加すべきでしょう。STEM分野でキャリアを積んだ女性教員や女性研究者と交流することで、固定観念を解消し、自信を深め、分野への帰属意識を高めるのにも役立つでしょう。STEM分野の女性研究者を増やすには、就職や助成金申請審査のジェンダーフリー化、職場での女性の受け入れ体制の強化、仕事と家庭の両立を可能にする政策の導入、性別の壁を克服するための専門家によるサポートなどが必要になるでしょう。
女性のSTEM離れには、すべての発達段階に共通する2つの主な要素があります。1つは、科学や工学を男性と結び付ける文化的固定観念です。もう1つは、STEMコミュニティにおける女性の帰属意識の欠如です。STEMへの女性の参加と貢献を向上させるには、ジェンダーバイアスの問題を解決するプログラムや政策の導入が不可欠と言えます。
SAGA(STEM and Gender Advancement)は、STEM分野におけるあらゆるジェンダーギャップの改善を目指してUNESCOがグローバルに進めているプロジェクトです。女性のSTEM分野のキャリアに影響を及ぼす事柄の調査を行うほか、地域・国・世界レベルでの適切な政策の立案などの活動を行なっています。このような政策を世界中で実施することで、STEM分野への女性の参加が促され、女性の科学的能力が最大限に活用され、さらには持続的発展やグローバルな科学技術的進歩につながっていくでしょう。
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