マティアス・ピーパリ(Matias Piipari) 氏は、「Manuscripts」の最高経営責任者(CEO)/共同設立者です。Manuscriptsとは、研究者が複雑な研究論文の構成を考え、執筆するのを支援するアプリです。ピーパリ氏は、研究者の間で人気の引用文献管理ツール、Papersの最高技術責任者(CTO)でもあります(Papersの設立者であるアレクサンダー・グリークスプーア(Alexander Griekspoor)氏は、Manuscriptsのもう1人の設立者)。ケンブリッジ大学で分子生物学の博士号を取得した後、学術界で革新的な解決方法を考える仕事に従事してきました。在学中に設立した会社では、モバイル・ソフトウェアの作成や技術コンサルティングプロジェクトに携わりました。大学院時代は、遺伝子調節シグナルを特定するための、大規模な機械学習のメソッドを研究していました。
今回の対談では、Manuscriptsの詳細について伺いました。ピーパリ氏は、研究概要を準備する初期の段階から、投稿用にジャーナル論文を仕上げる後期の段階に至るまで、Manuscriptsが研究者をどのように支援するのかを説明して下さいました。Manuscriptsの特筆すべき機能は、データが多くても、論文の構成を崩さずに管理できるというものです。つまり、著者は書式設定などを気にせずに、論文執筆に集中できる仕組みになっているのです。ピーパリ氏は、現代の学術出版界における技術の発展と利用について、興味深い見解を明かしており、執筆や出版の効率化を図れるような新しいツールを試すことに対して、研究者と出版社がオープンな姿勢でいることが重要だと強調しています。
まずはエディテージの読者に、Manuscriptsについて説明して頂けますか?それは一体何なのか、そしてどのように研究者を助けてくれるのでしょうか?
Manuscriptsとは、論文の構想から執筆・編集・校正・投稿に至るまでのあらゆる出版段階において、複雑な学術文書を作成・管理するのを助けてくれる、ユーザーフレンドリーな執筆ツールです。
研究論文の執筆は、本当に大変な作業です。著者はアイデアを体系化してまとめるだけでなく、参考文献リストや図表を作成し、自分の研究に十分な根拠があることをきちんと示さなければなりません。ジャーナルに投稿する際は、文体や書式などの細部も整える必要があります。Manuscriptsが解決する主な課題は、論文執筆に関わる様々な段階のすべてで、機械的な処理に煩わされることなく、自分のストーリー(研究)の内容に集中できるようにすることです。Manuscriptsは、著者が込み入った論文の中で道を見失うことなく、論文の構想・執筆・調整・編集を進められるよう手助けします。Manuscriptsを利用すれば、著者は執筆中の自然な流れから逸れて外部の種々のツールを利用しなくても済むのです。
Manuscriptsというたった1つのアプリで、学術論文の執筆が、一体化された経験となります。複数パネル図の作成、表の編集、方程式の管理だけでなく、最高仕様の引用文献管理のワークフローを実現します。また、1000誌以上のジャーナル別の論文書式(テンプレート)に対応しているので、著者は論文執筆にとりかかりやすくなっています。(協力してくれる出版社をいつも探しており、このデータベースは定期的に拡張されています。)このアプリは、ワード数制限や利用可能な図の形式など、ジャーナルのテンプレートを利用する上で明確な点についても、不明確な点についても対応しています。Manuscripts上で執筆された論文は、MS Word、LaTeX、Markdownの各ファイル形式にエクスポートが可能です。また、Manuscriptsに(様々なフォーマットの)外部ファイルをインポートすることもできます。このアプリを利用すれば、著者は段落の書式を把握したり、LaTeXできちんと組版処理が行われるかどうかを気にしたりする必要はありません。要するに、Manuscriptsは、著者が実際の執筆作業に集中できるように、著者のために機械的なフォーマット作業を行なってくれる、新しいタイプの文書作成ソフトなのです。Manuscriptsを利用して作成された文書は、技術面での最低限度の水準を保てるため、著者と出版社の双方にメリットがあります。
現在研究者が利用できる執筆ツールやアプリはいくつもありますが、Manuscriptsにはどのような特色があるのでしょうか。このアプリによって、出版環境にどのような変化がもたらされるでしょうか?
Manuscriptsが特に優れているのは、他のツールにはない各種機能が、たった1つのアプリにまとめられている点です。もう少し詳しく言うと、ユーザーがMS Word、Markdown、LaTeXのフォーマットでインポートやエクスポートを行うことができ、オフラインでの単独利用が可能な、リッチテキストで執筆できるツールです。(つまり、ブラウザーを開いて書く必要はないということです。)また、文書の更新履歴もすべて残ります。Manuscriptsは、最低限の機能を備えたテキストエディターではありません。また、MS Wordのクローンでもありません。まったく新しいタイプの文書執筆ツールなのです。例えば、このアプリは、アルファベット以外の文字での執筆にも使うことができます。
このような技術的特徴とは別に、私たちはもう少し大きなものを目指しています。著者が想像しうる限り、もっとも合理的なユーザー経験を提供したいと考えているのです。Manuscriptsは、著者の立場に立って、極めて洗練された形で、著者が目の前の課題に集中できるようにします。ユーザーからは、ツールのデザインや使い勝手について、肯定的なフィードバックをもらっています。重要なのは、LaTeXやMarkdownの編集にMS Wordやテキストエディターを使うことに慣れている著者たちに、我々の作成した新しいツールを試しに使ってみようという気にさせることです。私たちは、出版プロセスをより円滑にする新しいツールは、学術出版の未来に対して重大な意義があると思っています。
学術界には様々な人が関わっています。それぞれの立場でManuscriptsを使用した場合の利点はどのようなものでしょうか?
Manuscriptsは利便性を重視しているため、技術的知識を持たない執筆者に特に魅力を感じてもらえると思います。このアプリには、生物医科学分野のユーザーが多いのですが、心理学、地理学、工学、数学、物理学、コンピューター・サイエンスなど、幅広い分野に対応できるよう設計されています。
また、Manuscriptsには学術界の外にも幅広いユーザーがおり、学校のレポートやブログ記事、法律文書、企業白書などの執筆にも利用されています。どんな形式のコンテンツであっても、構成を理解し、ワード数制限を設定することができ、さらに、これが一番重要ですが、書くことに集中するのを助けるツールなのです。実際、このアプリの初期からの利用者は、非学術分野の書籍を出版しています。今後も、ユーザー層の多様化が見込まれています。グローバルな展開を見てみると、これまでのところ、米国、カナダ、ヨーロッパ諸国の他、日本、韓国、中国での利用が多くなっています。
このアプリのインターフェイスはどれぐらい使いやすいのでしょうか。ウェブサイトに、Manuscriptsには「MS Wordのような無意味なリボン(ツールバー)はありません」と書いてありますが、これについてもう少し詳しく教えて頂けますか?
このアプリには、MS Wordに備わっているたくさんのツールや書式設定のオプションを導入しませんでした。それは、良い文章とは一貫性があることに尽きるという理由からです。コンピューターの画面上に、自分の文章が視覚的に一貫性を持った形で美しく映し出されることにより、自分の文章の一貫性に集中することができます。こうした書式設定のオプションの多くを省いたにもかかわらず、Manuscriptsは非常にパワフルなツールで、文書の異なる箇所の段落の書式を整えることも可能です。例えば、見出しが太字になることは決してありません。また、タブや改行で各エレメント(表題、見出し、本文等)の間にタブや改行で余分なスペースを入れることもできません。そのようなことは、著者にとっても出版社にとっても生産性を損なうことだと考えています。重要なのは、執筆・編集ツールは文書の見栄えを整えるものでなければなりませんが、構成も整えられなければならないということです。それが実現して初めて、著者は、得意なこと、つまり主張をまとめたり持論を述べたりすることに集中できるのです。
MS Wordでの執筆に慣れている著者は多く、そのような人々はMS Wordの機能の多くを搭載していないツールを使いたがらないかもしれません。これは問題だと思いますか?
まず、ManuscriptsはMS Wordと互換性がありますし、ユーザーがMS Wordを使用しなくなることは望んでいません。Manuscriptsは、引用文献リストや方程式を含め、MS Word文書のインポートにもエクスポートにも対応しています。また、書式設定のオプションも排除するわけではなく、著者が考えることを支援し、書いているものの意味内容に沿って書式を整えるという形で使うことができます。つまり、ユーザーが「執筆する」のと同程度に「内容を考える」ことができ、書式設定はおまけでついてくるというわけです。例えば、セクション見出し、本文の段落、引用段落、方程式などにはすべて既定の形式がありますが、希望すれば自分で編集することもできます。Manuscriptsの場合、書式の編集は、論文全体の見栄えの一貫性を維持しながら行います。書式設定オプションに文字・記号レベルのものはありませんが、それらの代わりに、論文全体の一貫性を見渡すことができます。そのおかげで、我々のユーザーは直感的にフォーマットを考えることができるのです。もちろん、改善の提案は寄せられますが、基本的概念は実に大当たりで、フィードバックの内容は、細部に関することや、どの程度まで文書の自動フォーマットを可能とするか、といったものになっています。
第2に、学術論文の執筆を取り巻く状況は、出版業界が考えるほどMS Wordで統一されているわけではありません。コンテンツはすべて.docxで投稿しなければならない、ということはよくあります。また、出版社がMS Wordのファイルを受け取るからといって、著者が実際にMS Wordを使って作成したとは限りません。MS Wordを使って書く人もいれば、LaTeXを使って書く人も多くいます。また、Markdownのような簡単なフォーマットで書いてWordに出力する人もいます。Manuscriptsは、Word、LaTeX、Markdownという3種類のプラットフォームを利用する書き手を支援しています。これら3大フォーマットとの互換性があるので、ユーザーにManuscriptsだけを使ってほしいと思うことは決してありません。
第3に、MS Wordは非常に一般的なツールであること、そしてMS Wordが好きな人々もいるという見解に異論はありません。ただ、MS Wordを利用して学術論文を執筆している著者の多くが、ツールバーにあるたくさんのアイコンや、複雑で巧妙に隠されている書式設定オプションなどの使い心地を、十分に快適だと感じているかどうかは疑わしいと思っています。MS Wordが一般的なツールなのは、システムにインストール済みのことが多く、もっともありきたりな選択肢だからですが、Manuscriptsの需要があるのは、人々が別の選択肢を求めているからでしょう。
引用文献(表示方法と形式)や引用文献リンクは、論文執筆、追跡、引用、インパクト測定において重要な側面です。Manuscriptsは、引用文献管理の点でどれくらい研究者を助けてくれるでしょうか。
引用文献管理ツールを利用できるよう、Manuscriptsには完全にオープンなインターフェイスが組み込まれています。現在、バージョン1.0が発表されましたが、ManuscriptsはPapersの引用文献管理ツール(reference manager、 リファレンスマネジャー)と高度に統合された形で連携しています。主要なフォーマット(例えばBibTeX、EndNote XML、RISなど)から文献データをインポートできますし、引用ツールも内蔵されているので、自分の選んだ引用文献ツールを何でも使うことができます。
このアプリの文献管理能力は、今後も拡張していく計画です。外部の引用文献管理ツールは必要ですが、多くのプロジェクト(とくに学部生の執筆など)では、Manuscriptsの包括的な引用ツールを活用できるはずです。
科学の研究と出版では、ユーザー(研究者、著者、出版社、読者)の需要に応えるテクノロジーが増加しており、研究の様々な段階で効率化が図られるよう、新しいツールが考案されています。研究者たちはそのようなツールの存在に気づいているでしょうか?そして、これらのツールを効果的に利用しているでしょうか?また、世界各地の研究者、あるいは異なるキャリア段階にいる研究者によって、これらのツールの利用方法に違いがあると思いますか?
新たに登場したツールを使って論文を書いて出版することに関していえば、分野やキャリアの違いによって、明らかに大きな差があると思います。Manuscriptsは、あらゆる分野の、あらゆる水準の研究者にとって、魅力あるものだと思います。研究者や学生たちは、例えば適切な引用を行うことよりも、テーマ、構成、長さを整えることが重視される、研究の初期の段階で執筆を開始しなければなりません。ついでながら、このようなタスクは、従来型のワード・プロセッサーでは直接サポートされていないものです。
研究者は時間を大事にしているため、使いやすいツールを好むと思いますが、新しいワークフローやツールを採用することにはかなり保守的なところもあると思います。私の意見では、この使いやすさの水準が、現在の出版界では過小評価されていると思います。その結果、これらのツールによって節約できる時間や努力も、過小評価されてしまっています。これらのツールは、出版プロセスを効率化することで、研究者・出版社の両方を助けるものです。いずれにしても、Manuscriptsを、時とともに廃れてしまうことのない、出版界の一時的流行に乗って作られたものではないツールにしたいと思っています。
Manuscriptsの現在のバージョンは、Mac用にリリースされていると理解しています(Manuscriptsの利用には、Mac OSX Yosemite, 10.10以降のシステムが必要)。これによってユーザーが限られると思いますか?他のプラットフォーム、例えばWindows版、Web版、スマホ版のManuscriptsなどを作る予定はありますか?
偉大な製品を作り出すためには、効果的な論文を書くのと同様、重点箇所を決める必要があります。我々の重点箇所は、コンセプトを提供し、美しく利用可能なものを作り、かつ開発初期の利用者のフィードバックに繰り返し素早く対応できるようにする、という点にありました。(例えば、ベータ版のアップデートはほぼ毎日のように行なっていました。)そのような理由から、Manuscripts 1.0のリリースは、Macユーザーのみに絞りました。返ってきた反応から、我々の選択が正しかったことが分かります。初期のManuscripts利用者はとても熱狂的で、口コミで広めてくれました。口コミによるマーケティングを利用してビジネスを成長させようというのが、我々の計画です。
でも、Mac版のリリースは、ほんの出だしに過ぎません。我々は3年もの時を費やしてManuscriptsを作成しましたが、それは、ウェブサイトや、iPad等のデスクトップ型プラットフォームに移植できるテクノロジーを構築したかったからという理由もあります。
近い将来、Manuscriptsのユーザーが期待できることはありますか?
我々は、絶え間なく着実にアップデート計画を進め、新しい分野をサポートするための新機能をリリースしてきました。実験的に右から左への入力モードを導入しましたが、ユーザーのフィードバックに基づいて改善することを考えています。非英語圏の著者を助けるため、地域限定バージョンを出すことも検討するかもしれません。しかし、もっとも注目すべき展開は、共同執筆機能です。共同執筆の支援は、ユーザーからもっともリクエストの多い機能の1つです。これには我々も興奮していて、すでに取り組みを始めています。実際、現在のManuscriptsは、これから導入される共同作業機能を見越して、バージョン管理が完璧にできるようになっています。
オンライン上での共同作業を可能にし、それと同時にオフラインの経験も提供することが不可欠だと考えています。私の意見では、現在の各種共同執筆ツールは、個人の生産性と共同執筆の必要性の間での妥協を強いていると思います。Manuscriptsを通じ、独自性のあるものを提供できると信じています。
ピーパリさん、ありがとうございました!
ピーパリ氏は、著者の皆さんがどのようにManuscriptsを活用できるかを紹介するビデオをシェアしてくれました。