国際学術出版業界で大きな影響力を持つ先駆者と話をするのは、心躍る体験です。SciELO (Scientific Electronic Library Online)の共同設立者であるアベル・パッカー(Abel Packer)氏とのインタビューで、オープンアクセスは単なる運動ではないということが分かりました。オープンアクセスとは、研究への自由なアクセスについて妥協することなく、効率的で商業的に継続可能な出版を達成するための努力なのです。SciELOは当初、ローカルなジャーナルで出版されたブラジルの研究の知名度を高め、アクセスを増やすことを目的とするプロジェクトとして発足しました。時を経て、支援・参加国は15ヶ国となった現在も、共同研究と効率的なオープンアクセス・モデルを支援・促進する国々の本格的なネットワークとして拡張を続けています。SciELOは、研究論文データベースの提供に加え、ブラジルのジャーナルの質を高める努力を行い、国際協力を促進しています。今回のインタビューでパッカー氏は、SciELOの成長をたどり、先進国と発展途上国との間にある出版基準やプロセスに関する格差について述べるともに、持続可能なオープンアクセス・モデルを確立することの重要性を強調しています。
SciELOについてお聞かせください。設立はいつですか?なぜ設立しようと考えたのですか?
SciELOは1997年、ブラジルで出版されている査読付きジャーナルの認知度を高めようという目的で、試験的プロジェクトとして発足しました。パンアメリカン保健機関/世界保健機関のラテンアメリカ・カリブ海健康科学情報センター(BIREME)とサンパウロ州研究財団(FAPESP)の協力を得て、ロジェリオ・メネギーニ(Rogerio Meneghini)教授と共に提案書(プロポーザル)を考えました。提案書では、ブラジルの研究の認知度を高めるための新しい包括的な方法を提示しました。学際的なインデックス(文献索引)か分野別のインデックスかを問わず、ジャーナルが認知度の高いインデックスにどれくらい採録されているかを可視化するという考え方を打ち出したのです。しかし、ジャーナルが出版する論文の被引用数でジャーナルを評価しようとすると、Journal Citation Reports (JCR)という指標しかありませんでした。そこで利用されている指標は、シンプルで、普及しているけれども、論争にもなっているインパクトファクターでした。
インパクトファクターだけに頼るのでは目的を達成することは難しいと考えた我々は、ブラジルのジャーナルへの注目度を高めるため、大きく分けて3つの段階を提案しました。
- 国際的なインデックス(データベース)と同様に、厳しい基準に沿って採録する
- 出版済み論文全文への無料オンラインアクセスを提供する(「オープンアクセス」という言葉ができたのはずっと後のこと)
- 論文のダウンロード数と被引用数に基づいて評価する
この3つの提案を1年間かけて導入しました。プロジェクトは成功し、1998年3月にSciELOが発足しました。やがて、SciELOはFAPESPの研究インフラ発展関連の特別プログラムとなりました。方法論や技術面において、ストレージと検索に関してはBIREMEのVirtual Health Library (VHL) modelを参考にし、計量書誌学的指標に関してはJCRに倣いました。SciELOが発足してまもなく、チリ国家科学技術委員会(CONICYT、Chilean National Commission for Science and Technology)が我々の提案したモデルを採用し、SciELO Chile collectionを開設しました。これがSciELOネットワークの始まりです。今では15ヶ国に広がって、出版されるジャーナルは1000誌を超え、50万本以上の論文を含むレポジトリに成長しました。
SciELOの最大の目的は、デジタル形式で科学文献を整え、保管し、普及させ、評価を行うための共通の方法を開発し、発展途上国と中南米諸国における出版の成果に注目を集めることです。SciELOネットワークは3つの主要原則に基づいて運営されています。管理と資金源を一か所に集中させないこと、出版工程を共通の方法で運用して品質を管理すること、そして科学的知識に自由にアクセスできるようにすることです。SciELOは、公開猶予期間(エンバーゴ)なしのゴールド・オープンアクセスを採用しています。SciELO Brazilは全SciELOネットワークの事務局として機能しており、技術・方法面のプラットフォームを維持する役割を担っています。要するに、SciELOは書誌学的・計量書誌学的データベース、ジャーナルのポータル兼レポジトリ兼出版社、およびジャーナルの相互運用を促すものとして機能しているということです。メタ出版機関であるといっても過言ではないでしょう。
SciELOの目的の一つは、ブラジルの研究の世界的認知度を高めることでした。これはどの程度達成されましたか?
第三者による複数の研究等で、SciELOがブラジルの研究に対する認知度を高め、アクセスを増やすという目的を達成したことが示されています。例えば、Scoupusデータベースを利用したScience Matrixによる研究では、2007年から2012年に出版された論文の50%以上が、2014年までに何らかの形で無料公開されていることを確認しています。ブラジルで出版された論文の75%以上が、何らかの形でオープンアクセスとなっています。これは、米国、カナダ、日本、ヨーロッパを含む40ヶ国によって達成された、オープンアクセス率70%を上回る数字です。この報告は、SciELOを推進した結果、ブラジルが中南米でオープンアクセス出版をリードするようになったということを裏付けるものです。また、Webometrics Rank of Repositoriesによるオープンアクセス・ポータルのランキングで、SciELO Brazilは第2位に入りました。我々の数字でも、SciELO Brazilの一日当たりのダウンロード数が70万を超えたことを記録しています。
SciELOの影響力はブラジルに限定されているとも言われますが、本当でしょうか?SciELOの国際展開について教えていただけますか?
SciELOの存在感は、このプログラムを作ったブラジル国内では絶大です。SciELO Brazilで出版される論文の50%以上はポルトガル語で書かれたものです。しかし現在、SciELOは15ヶ国(中南米12ヶ国、ポルトガル、スペイン、南アフリカ)で運営されています。SciELOの内容は全て、Google Scholarのような大手の検索エンジンで検索が可能となっています。SciELOに含まれる全ジャーナルの約45%が、Scopusあるいは Web of Scienceに採録されています。(SciELO Brazilの場合、その割合は65%です。)これらが意味することは、SciELOは国際的にも強い存在感を示しているということです。科学的知識の成長速度をみても、SciELOの国際化は当然と言えるでしょう。
ある論文で、オープンアクセスは出版済み論文にアクセスできるだけでなく、「認知度や信頼性が高いジャーナルを作り出す手法にアクセスできるということでもある」とおっしゃっています。これは具体的にどういうことでしょうか?
オープンアクセスというとき、それは必ずしも研究論文という単位でのオープンアクセスに限りません。持続可能で効率的なオープンアクセス出版モデルを構築することも、同様に重視されるべきだと思います。様々な出版関連製品やサービス、解決策などが幅広く利用できるということは、オープンアクセスの発展を促すための重要な要素です。出版物がより利用しやすくなれば、商業出版という制約を受けることなく、質の高いジャーナルを生み出すことを重視した競争市場を形成していくことができるでしょう。いずれ、オープンアクセスの出版基準や投稿規定が、原稿の準備から互換性までの出版の様々な側面にどのような影響を与えるかということも、分かるようになるでしょう。これもまた、科学の開放性を向上させる一助となり、競争し合う革新的な出版市場をもたらすことにつながるはずです。つまり、論文を無料で利用できるようにするだけでなく、より優れた適切なオープンアクセス出版モデルに進化して行く必要があるということです。これがオープンな科学の真髄です。
出版社は、出版に関わる社員、編集者、植字工(タイプセッター)などの管理を含め、自分たちのビジネスを維持するために、公開猶予期間(エンバーゴ)を設定するのが通例となっています。ゴールド・オープンアクセスを採用するSciELOは、ジャーナル発行後のエンバーゴは設けていません。このようなモデルは、ジャーナル出版というビジネスにおいて、どの程度実行可能といえるでしょうか。
SciELOが採用したゴールド・オープンアクセスモデルが継続可能なのは、ジャーナル作成にかかるコストが、実際の出版前に体系的に管理されているためです。SciELOに採録されたジャーナルは、様々な財源からの財政支援を利用しています。ジャーナルの監督機関、研究機関、資金提供者、著者自身などからの支援です。著者に有料の英語翻訳サービスを提供しているジャーナルもあります。このように、オープンアクセス・ジャーナルや出版社は、無料での利用と、科学情報へのアクセスと活用という前提について妥協せずに済むような、ビジネスを維持するためのより新しい革新的な方法を考えて行く必要があるでしょう。
研究成果の質や出版環境という点で、発展途上国と先進国の間には格差があると思いますか?あるとすれば、違いが見られるのはどのような面でしょうか。格差の是正のために双方が取るべき方策とは何でしょうか。
多くの研究分野で、格差は確かに存在します。発展途上国は、これ以上格差が開かないよう奮闘しています。途上国が生み出す科学は、先進国で発行されているジャーナルによって伝達されるものがほとんどです。先進国と途上国のジャーナルで採用されている査読システムが同じものだとすれば、その一番の違いは、論文の実際の影響力、あるいは被引用数の違いです。つまり、先進国で生み出された論文の方が、途上国の論文よりもよく引用されるということです。ローカルなジャーナルは、先進国で作られたジャーナルに比べて、1論文あたりの被引用数が少なく、影響力が小さくなっています。ローカルなジャーナルは質が悪いと思われていますが、これには様々な理由があると思われます。例えば、研究課題が国際的というよりは地域的な重要性を持つ、論文が英語で執筆されていない、研究者に国際共同研究者がいない、といった理由です。論文の質を高めることは、SciELOプログラムを発展させていく上での大きな目標です。1つ、我々にとって大きな進展と言えるのは、地域で出版されているジャーナルが国際的な出版基準を満たし、ワークフローも含めて最適な出版形式を取り入れ、透明性と編集プロセスの質を保つことを徹底させたことです。その他、ジャーナルの編集チームとプロセスの国際化、英語の出版物と論文の増加、国際的な著者間協力の促進などの対策をとってきました。
2015年のオープンアクセスウィークのテーマは“Open for Collaboration(さらなる協力を)”で、オープンアクセスにおける協力の役割に焦点を当てようとしています。これについてどう思われますか?
今日、研究を発展させ、研究を伝えていくためには、協力が欠かせません。特にオープンアクセスの発展にとって、協力は不可欠です。協働的なオープンアクセス出版の大きな助けとなる動きが2つあります。1つは、パブリックドメインあるいは安価なプラットフォームで高品質なジャーナルを出版できる環境があること。これにより、オープンアクセス市場の競争力を高め、内容の互換性を最大化することができます。もう1つは、ジャーナルのインパクトファクター以外の、より包括的な評価を行う指標(例えば内容へのアクセスを測定する等)が出てきたことです。ですから私にとって、今年のオープンアクセスウィークのテーマは、オープンアクセスや共同研究を単なる概念として支持して普及させる以上の意味があるのです。オープンアクセスと共同研究を支えるために、効率性を取り入れるということです。
パッカー氏、洞察にあふれたお話をありがとうございました!
(このインタビューはJayashree Rajagopalanが担当しました)
アベル・パッカー氏が提示した点について、どう思われますか?先進国と発展途上国の間に、格差はあるのでしょうか。持続可能な出版モデルの確立を目指す運動で、どの程度のことが達成されたのでしょうか。どうすれば研究者の存在感を増すことができるのでしょうか。皆さんの考えを、ぜひお聞かせください。