あるとき、「thelifeofscience.com」という控えめながらも可能性に満ちたウェブサイトに偶然出会い、このサイトについてもっと知りたくなりました。すべてのコンテンツをすぐに夢中で読み終えた私は、このプロジェクトの運営に尽力する2人の科学ジャーナリストを称えたい気持ちになりました。「The Life of Science」は、「科学者=ホコリっぽい研究室にいるヒゲを生やした男性」というステレオタイプを変えようとしているプラットフォームです。
フリーの科学ジャーナリストであるアーシマ・ドグラ(Aashima Dogra)氏とナンディタ・ジャヤライ(Nandita Jayaraj)氏は、インド研究界における男女不平等の現状を掘り下げることを目的に、「The Life of Science」プロジェクトを2016年に起ち上げました。このプラットフォームは、インタビュー、ポッドキャスト、ブログ投稿などを通じて、主にインドの女性科学者たちが歩んできた道のりを紹介しています。プロジェクトでは、女性科学者たちの経験や奮闘や知識を発信することで、彼女たちの科学者としての露出を増やし、インドの科学研究に不足している情報を伝えることを目指しています。
本インタビューでは、ドグラ氏とジャヤライ氏の歩んできた道のりや、thelifeofscience.comを運営するモチベーション、インドの女性科学者が直面している困難について伺いました。また、インドの女性科学者たちの人生を記録した書籍の出版計画についてもお聞きしました。
「The Life of Science」創設の背景を教えてください。
「The Life of Science」(thelifeofscience.com)は、私たちが子供向けの科学雑誌「Brainwave Magazine」で働いていた頃に育んだ考えや会話の中で生まれました。私たちは、お手本となる女性科学者がごくわずかしかいないこと、いたとしてもそれが現代の人ではないことに気付きました。その人がインド人であることはさらに稀です。そこで、インドの研究室の内側を読者に紹介するブログを始めることにしたのです。インド国内ではどのような研究プロジェクトが行われ、インドで科学者になることはどういうことなのか、といった情報を発信したいと考えました。まずは、取り上げられることが少ない性の問題をテーマに記事を書き始めました。このテーマには、私たちの関心領域である旅行、ストーリーテリング、科学、フェミニズムが含まれています。このプロジェクトが開始してからちょうど2年が経ち、その間は驚きの連続でしたが、おかげさまで女性科学者に関する豊かで複合的な情報が詰まったプラットフォームに成長したと思っています。
どのような活動をされているのですか?
私たちの主な活動は、インド中の研究施設をまわり、そこで働く女性科学者のインタビュー記事を公開することです。2016年2月以来、週1回の頻度で発表しています。記事では、それぞれの科学者の研究内容や学歴、それに伴う困難、男女平等に関する考え方などを取り上げています。
これらのインタビューを、なるべく多くのプラットフォームや言語、フォーマットで発信できるよう努めています。また、記事をもとにしたポッドキャストやマンガ、フォトエッセイなども公開しています。
最近は、科学コミュニケーション分野でキャリアを歩み始めた若手を中心とする、科学コミュニケーターたちとのコラボレーションも行なっています。経験を積む機会を提供することで、彼らにはこのムーブメントに貢献してもらいたいと考えています。
国中の研究機関を回る中で、インド科学界における男女平等、thelifeofscience.comについて、あるいは科学コミュニケーターとしての私たちの経験についての講演依頼をよく受けます。また、私たちのプラットフォームではブログも運営しており、科学研究に携わる人々に、研究室での経験やこれまで歩んできた道のりについて寄稿してもらっています。
学校に通う子供たちに、女性科学者やさまざまな科学分野の魅力について話をするアウトリーチ活動も行なっています。
インドのハイデラバードで開催された細胞生物学の国際会議で「Q&Aブース」を出展するなど、新たな取り組みも始めました。そこでは、さまざまな国籍やキャリアを持つ30人以上の研究者にインタビューし、聞き手が高校生であることを想定して研究の説明をしてもらいました。これは、科学者の手で科学の難解さの壁を壊してもらい、薄暗い研究室から出て一般の人々と関わりを持ってもらうことが目的です。この様子を撮影した動画は、現在編集中です。
このプロジェクトは今後、より大きなものに発展して行くのでしょうか?
thelifeofscience.comが、さらに大きなプロジェクトへと進化を遂げている最中であることは間違いありません。今は、この状態を長期的に持続できるよう、予算確保に努めています。私たちのプラットフォームは、科学者の露出度を高めている事実などを含めて、多大なサポートやインパクトを提供できる可能性を秘めています。
女性科学者に焦点を当てているのはなぜですか?
それは、科学界において女性の存在がいまだに希薄だからです。インド人女性科学者の名前を3人挙げられる一般の人々はごくわずかでしょう。私たちにとってこの状況は決して驚くべきことではなく、表舞台に上がれる女性科学者は本当に少ないのが現状です。インドの研究機関の多くが男性をトップに据えており、設立以来女性がトップになったことがない機関がほとんどでしょう。表彰委員会に評価されている女性は極端に少ないですし、委員のほとんどが男性で構成されています。数字だけを見れば、このようなことは世界中で見られる状況ですが、インドが抱えている問題はさまざまな意味で独特で、色々なことが複雑に絡み合った結果なのです。
インドの女性科学者が直面している最大の困難は何だとお考えですか?その改善方法はありますか?
インドの女性科学者が抱えている最大の困難は、家族や研究機関からのサポートを受けられていないことです。学術機関や政府は、過小評価されているジェンダーの問題にもっともっと向き合う必要があります。このような取り組みを妨げている時代遅れの方策を捨て去り、より女性に優しい方策作りに舵を切らなければなりません。
女性科学者に関する問題の原因が可露出(可視性)にあるとすれば、これを改善する責任は誰にあるのでしょうか?また、どのように改善すべきですか?
責任があるのは、以下のような関係者たちです:
- マスメディアはより積極的に女性科学者の話題を取り上げるべきで、表に出にくいコミュニティの中から良質な研究を拾い上げる努力をしなければならない。
- 研究機関のトップや研究室の主任研究者は、良き指導者として、能力のある女性科学者に、学会への参加機会や実力を発揮する機会を、男性と同様に提供しなければならない。
- 科学者自身も、ソーシャルメディアやアウトリーチ活動を通した研究情報の発信をもっと積極的に行う必要がある。
- 表彰委員会は、委員会の構成メンバーや受賞者の多様性を認めることを最優先すべきで、知名度が低いところから良質な研究を拾い上げる努力が必要。これは絶対に実現しなければならず、それだけの労力を費やす価値がある。
これまで多くの女性科学者に会い、彼女たちの情報を発信してきた中で、とくに興味深かった/感銘を受けた出会いはどのようなものでしたか?
最近でいえば、数学者のカニーニカ・シンハ(Kaneenika Sinha)氏のお話はとても印象に残っています。彼女は、学術界での生活に関するブログを、当時匿名で書いており、人気を博していました。素性を明かしていなかったにも関わらず、その率直な所見や、教員や短期間学長を務めた経験談は、国中の同輩たちの共感を呼び、インドの研究室での労働文化について多くの対話を生み出しました。
もう1つ感銘を受けたのは、惑星科学者のクルジート・カウル・マルハス(Kuljeet Kaur Marhas)氏のお話です。彼女は、シングルマザーという役割を果たしながら自ら研究室を起ち上げ、実験機器を自分で修理するなど、さまざまな困難を乗り越えてきた人物です。
多くの科学者と出会う中で、自分自身の変化を感じることはありますか?
私たちは科学ジャーナリストとして、科学が行われている現場である研究室で、研究者たちの話を聞けるということにいつも興奮しています。thelifeofscience.comがスタートしたときから、自分たちがフェミニストであることは認識していましたが、システムの問題がここまで根深く凝り固まっていること、セクシズムやセクシャルハラスメントなどに関する話題の多くがタブー視されていることに驚きました。女性科学者たちの話を聞く中で、学術界における男女平等の必要性を再確認できました。これを実現できなければ、インドにとって大きな損失となるでしょう。
科学コミュニケーターとして活動する中で、ジェンダーバイアスが根底にあるような障害にぶつかったことはありますか?
基本的にメディアは「男社会」ですから、私たちが過小評価されていると感じることはあります。ジェンダーに関する問題は、管理者たちから「上から目線」で扱われがちです。私たちの能力を証明するためには、より強い主張が必要だと感じることがあります。
thelifeofscience.comの今後の計画はどのようなものですか?数年後のプロジェクトはどのような方向を向いているでしょうか。
現在、インドの女性科学者に関する2冊の本を執筆中です。1冊は子供向けで、もう1冊は一般読者向けです。これらの本のベースとなる研究の支援を得るためのクラウドファンディングも行なっています。より多くの人々に読んでもらえるよう、複数言語の翻訳版の出版も想定しています。これらの本のオリジナリティは、現代のインド人女性科学者に焦点を当てているという点にあり、彼女たちの存在を知ってもらうためにもクラウドファンディングを何としても成功させなければなりません。
学術界の競争的な世界で自らの存在を示そうともがいている女性科学者に向けて、女性科学者との交流の経験をもとにしたアドバイスをお願いできますか?
難しい質問ですね。科学者としての経験がない私たちが、彼女たちにアドバイスを送るようなことはできません。とは言え、厳しい世界であることは理解しています。thelifeofscience.comには、さまざまな地位にある何十名もの女性科学者の経験が蓄積されています。彼女たちの話は本当に良い刺激になると思います。私たちからは、「彼女たちの話を読んでください」と言うことしかできません。もし自分の研究や研究者人生について話がしたいと思ったら、ぜひ私たちに連絡してください!
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ドグラ氏、ジャヤライ氏、貴重なお話をありがとうございました。thelifeofscience.comが目的を達成し、インドの女性科学者にとってのグローバルなプラットフォームになることを願っています!