指導教官とポスドクの関係が破綻した結果、研究室が機能不全に陥った事例が多数報告されています。指導教官とポスドクの関係がこじれてしまうと、ポスドクのキャリアに悪影響を及ぼす可能性もあります。両者の関係に亀裂が生じる要因には、どのようなものがあるのでしょうか。また、このようなトラブルを避けるために、ポスドクは何をすべきでしょうか。
ポスドクは、次世代の学術界を担う研究者たちであり、研究室を円滑に運営するために欠かせない存在です。しかし、そんなポスドクが過度なプレッシャーに晒されているケースは珍しくありません。論文出版や研究室内の雑務に関するストレスとは別に、ポスドクたちは、研究者としてのキャリアを築いていくことの困難に直面しています。新米研究者たちは、自分の研究室を起ち上げることや、研究費を獲得するといった目標を、果てしなく遠いゴールのように感じているでしょう。ポスドクがそのような成果を得るには、指導教官や主任研究員の協力が不可欠です。指導教官とポスドクの関係性についてはさまざまな意見がありますが、両者の関係が破綻した結果、研究室が機能不全に陥った事例が多数報告されています。両者の関係がこじれてしまうと、ポスドクのキャリアに悪影響を及ぼす可能性もあります。では、指導教官とポスドクの関係に亀裂が生じる要因には、どのようなものがあるのでしょうか?また、このようなトラブルを避けるために、ポスドクは何をすべきでしょうか?本記事では、これらの問いに対する答えを提示したいと思います。まずは、研究室で頻発するトラブルについて見ていきましょう。
1. 指導教官が高圧的な研究室は、誤った方向に進んでしまう可能性がある
学術界がきわめて競争的な世界であることは事実です。もっとも多くの利益を得るのは、著しい貢献や画期的な発見をした研究者です。そのため、研究室の長は研究成果を挙げなければならないというプレッシャーに晒されており、多くの場合、そのプレッシャーはポスドクに下りてきます。フロリダ大学生理学および機能ゲノミクス学部のチャールズ・ウッド(Charles Wood)学部長は、「一部の主任研究員は、自分が定めた具体的な実験結果に沿った成果を若手研究者たちに求めるという結果主導型システムで研究室を運営している」と述べ、「このような要求やプレッシャーは、既定の路線を外れてみる余地や、失敗から学ぶ機会を若手研究者から奪っており、悲惨な結果を招き得る」と指摘しています。求められた結果を出そうとするあまり、研究不正に手を染めてしまうケースも発生しかねません。このような指導教官の下で何年も勤めることになれば、キャリアに傷が付いてしまいます。ウッド氏は、「そのような環境で育った若手研究者がその研究室を離れることになれば、科学者としての道をあきらめるか、自らの研究室を起ち上げることができても、同じやり方で研究室を運営してしまうでしょう」と述べています。
2. ポスドクのキャリアに対する非協力的姿勢
ポスドクは、研究者として独立する前に、まずは指導教官の下で数年間の経験を積み、その後で、一部のポスドクが自分の研究室を持てるようになります。協力的な指導教官は、ポスドクのその後の成功に大きな役割を果たすことができます。たとえば、協力的な指導教官は、ポスドクが研究室を去る際に、新たな所属先でも今まで取り組んできた研究を継続できるよう取り計らってくれます。独立して間もない研究者が研究費を集めて一から研究をスタートさせるには数年間を要する可能性があるため、このような対応は、ポスドクにとって計り知れない支援となります。スタンフォード大学の神経生物学者、ベン・A・バレス(Ben A. Barres)氏は、「研究プロジェクトの引き渡しは、若手研究者が成功を収めるために欠かせない措置なので、ポスドクの基本的権利として認めるべき」であると述べています。バレス氏は、協力的な指導が科学の進歩に重要な役割を果たすと確信しています。指導教官は、ポスドクのキャリアの展望について話し合い、彼らが成功を掴むための労力を惜しんではなりません。プロジェクトの引き渡しを拒んだり、就職のための推薦書を書かなかったりなど、ポスドクのサポートに非協力的な指導教官は、ポスドクの成長、ひいては科学の発展を阻害していると言えるでしょう。
3. 対抗意識はポスドクと指導教官の両者にとって有害になり得る
ポスドクに研究を引き渡すことを認めたとしても、指導教官がその研究でポスドクに競争を仕掛けるケースもあり、経験の浅い研究者にとっては大きな障壁となります。限られた経験と予算では、予算がより潤沢であるはずの指導教官の研究室に太刀打ちする術はありません。バレス氏は、「指導教官が教え子に対して不誠実だと、教え子の成功の確率が低下し、結果的に研究分野の発展が阻害されます。その一連の流れは、ベテラン研究者たちの間では常識になっています」と述べています。また、ポスドクが研究の継続を願っていても、その研究を「食べかけのパイ」とみなして協力を放棄するという別の対応をする指導教官もいます。いずれのケースも、大きな進歩は望めないという点で共通しています。ウッド氏は一方で、結果を早く得るために教え子同士を競わせるタイプの指導教官がいることも強調しています。「勝者」となったポスドクを評価して論文のオーサーシップを与えるなどのやり方は、ストレスフルな職場環境を作り上げ、学ぶ環境としても不健全であるため、適切な指導とは言えません。
ポスドクが良い指導教官を選ぶには
指導教官は、ポスドクの将来に長期的に影響を及ぼす力を持っています。とは言え、ポスドク自身が自分のキャリアに責任を持つことも重要であり、研究室での職に就く前に、十分な情報を得た上で選択をする必要があります。ハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI)所長でノーベル化学賞受賞者(1989年)のトーマス・R・チェフ(Thomas R. Cech)氏は、ポスドクに次のようなアドバイスを送っています。「研究室での職に就く前に、その研究室で求められる責務、与えられる機会、“卒業生”のその後の進路などの情報を慎重に吟味した上で、選択すべきです」。多くの研究室が、ポスドクが研究室を去った後の研究継続に関する方針を定めています。これらのことは、研究室に入る前にあらかじめ確認しておくべきでしょう。バレス氏は、「大学院生は、興味のある研究室の育成実績を調べ、その研究室について、指導教官や研究責任者、博士論文審査委員と相談しておきましょう」と付け加えています。
指導に対する意識を高める方法はあるか?
バレス氏は、指導教官のあるべき姿について、「良き指導教官は、教え子のキャリアを親身になって考えます。そのため、ポスドクに学術的自由を与え、自分の研究室を去った後も長期に渡ってサポートします。子育てをする親と同じように、指導教官も自分の身を削ってでも教え子に目を向ける必要があると思います」と述べています。研究者として完成された指導教官であっても、指導の面ではそのような訓練が不足していることもあり、十分な役割を果たせるとは限りません。指導方針について目をつぶりがちな大学が多い中、この問題への意識は高まりを見せており、助成委員会や大学が指導教官の指導実績を考慮するケースが増えています。たとえば、HHMI(メリーランド州)は、研究室への予算配分を見直す際に、指導教官の指導実績を評価項目の1つにしています。バレス氏はこの意識の高まりについて、「助成団体は、ポスドクから独立した研究者へと円滑にキャリアを歩めるようにするよう取り組んでいる」と述べています。たとえば、米国立衛生研究所(NIH)の「Pathway to Independence (K99) Award(独立のための道筋賞)」や、国立神経疾患・脳卒中研究所による「K01 Postdoctoral Mentored Career Development Award(ポスドクのキャリア開発指導賞)」は、ポスドクのキャリア形成の支援を目的としています。バレス氏はまた、「良き指導教官であるべきことの重要性を強調するためには、科学を表彰する委員会などが研究者の指導実績を考慮すべき」とした上で、「科学の次世代を担う人材を支援しない人物を表彰する必要などないでしょう」と述べています。
研究者の責務は、良質で先駆的な研究を生み出すことだけではありません。指導教官として次世代の研究者を育成し、後進が研究の世界で新しくエキサイティングな可能性を探求できるようサポートしなければならないのです。研究者にライバルとの競争は付き物ですが、若手研究者とベテラン研究者が対立することは、科学にとって百害あって一利なしです。熟練した研究者が教師としての役割も果たすようになれば、科学は飛躍的な進歩を遂げることができるでしょう。
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