ギリシャの経済問題は、政治・経済体制の崩壊へと発展しました。研究者たちは、この経済危機がギリシャの研究開発費(R&D)、保健医療システム、そして頭脳流出の進行に及ぼす影響についての懸念を強めています。
数年に渡ってくすぶり続けていたギリシャの経済問題は、国際通貨基金(IMF)に対する17億ドルの債務不履行によって政治・経済体制の崩壊へと発展しました。さらにギリシャは、IMF、欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)によって定められた救済期限の拒否を決定しました。国家が経済破綻し、ユーロ圏とEUを離脱する最初の国となる可能性を秘めた危機の中、研究者たちはこの経済危機がギリシャの研究開発費(R&D)、保健医療システム、そして頭脳流出の進行に及ぼす影響についての懸念を強めています。
ギリシャのR&Dは、特に景気後退が始まった2007年以降、減少を続けてきました。2009年からは研究所や大学の予算が最大で50%削減され、大学勤務者の給与に影響が出ていました。これらの予算削減により、研究所の多くは積立金を取り崩して運営せざるを得ない状況となっています。研究者たちは、急進左派連合(SYRIZA)を与党とする現ギリシャ政府が「大学に新たな資金源を提供する」とした公約の不履行にも落胆しています。テッサリア大学の細胞生物学教授であるVarvara Trachana氏は、「研究のためのお金がない」とこぼしています。
ギリシャの研究者にはさらに、債務不履行によって電子ジャーナルへのアクセスを失うという絶望的な事態が新たにもたらされました。大手出版社が提供する電子ジャーナルにアクセスするためにギリシャの大学の多くが利用しているオンライン・ポータルHellenic Academic Libraries Link (HEAL-Link)は、ギリシャ政府が同サービスを運営するための資金を賄えなくなったため、サービスを一時停止しました。また、複数の銀行が閉鎖されて研究装置などの購入が不可能となったことも、研究者の苦悩に追い打ちをかけています。研究資金にアクセスできない可能性があるため、Hellenic Centre for Marine Research (HCMR)などのように、研究プロジェクトを中止あるいは延期している研究所もあります。
科学予算に関して、ギリシャはEUの一員として大いに恩恵を受けてきました。EUのJoint Research Centreによると、EUは2012年、ギリシャの全R&D支出の16~18%を賄いました。ギリシャの研究室の多くはEUからの資金提供を受けているため、ギリシャの研究者の多くは、EU資金に頼っています。このため、もしギリシャがEUを離脱すれば、研究所は安定した大型の資金供給源を失うことになります。Biomedical Sciences Research Center(ヴァリ)の所長であるBabis Savakis氏は、「Fleming研究所がこれらの資金を得られなくなったら、研究の60%を中止し、雇用者155名のうち75名を解雇しなければならないだろう」と語っています。研究者の中には、これまでギリシャの研究を支援してきたEUのHorizon 2020 programに応募することや、その資金を受けることができなくなるのではないかと恐れている人もいます。
一方、経済危機によってギリシャの保健医療は崩壊しています。フィナンシャル・ポスト紙によると、2008年から2015年の間に、医療機関への国家支出はGDPの6.3%から3.9%に減少しました。このため、同国の保健医療の質は悪化しました。病院では医療用具やスタッフの不足という事態への対応を迫られています。治療が必要な市民の数は増加しているにもかかわらず、医者の数は減少しています。医者のほとんどは、ドイツやスウェーデンなどでのより良い機会を求めて、他の裕福なEU諸国に移住しました。Varvara Trachana氏は「かつてないほど大規模な頭脳流出に直面している」と述べています。また一方で、ギリシャ国民は政府の経費削減の矢面に立たされています。ギリシャの医療保険制度は社会保障制度と連動しているため、失業率の増加は、健康保険のない人の増加を意味します。このため、大部分の人々は政府の補助を受けずに医療費を支払わなければならない状況です。
第一線で研究を行う研究者の多くが、より良い研究設備と機会を求めてギリシャから他国へ流出し続けていることを指摘する学者もいます。ギリシャの医師でスタンフォード大学医学部教授でもあるJohn Ioannidis博士は、アテネで開催されたPanhellenic Medical Conferenceで「ギリシャ人科学者の流出―メタ分析」と題した講演を行い、次のように述べています。「ギリシャ人は世界の人口の0.2%にも満たないが、全世界の科学者の1%を占め、被引用数の多い科学者の3%を占めている。しかしながら、被引用数の多いギリシャ人科学者の87%はギリシャ在住ではない。そして、過去数年間でその流出傾向は強まっている」
ギリシャのR&Dを破壊しているこれらの問題にもかかわらず、ギリシャの研究・技術革新副大臣のCostas Fotakis氏は、研究資金の安定性についてギリシャの学者たちを安心させようとしています。同氏は「たとえギリシャがユーロ圏を離脱することになったとしても、ギリシャはEUの一員としてEUの研究助成金に応募できる」と述べました。しかし、ギリシャの学者らは同国のR&Dの未来に不安を抱えています。Hellenic Centre for Marine Research(アナヴィソス)の魚類学者であるMaria Stoumboudi氏は「今後どうなるか全くわからないが、希望を持ち続けたい」と述べています。